日本尊厳死協会 中国地方支部 -リビング・ウィル- 健やかに生きる権利、安らかに死ぬ権利を自分自身で守るために尊厳死を考える会です。
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リビング・ウィルとは、尊厳をもって死をむかえるための書面です。-リビング・ウイル-
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私の入会のきっかけ 扇 千景(会員・東京)
「大親友の死をみつめて」
新年早々ある知人から「Aさんが亡くなられました。暮れも押し迫ってからでした」という電話がありました。まだ若かったし、患っていたことを知らなかったので驚きました。人間の寿命は「神のみぞ知る」ですが、正月早々人の命の無常を感じたところです。
人は誰でも最期まで元気でいてそのままコロリと逝きたいと願っています。いわゆる「ピンピンコロリ」です。しかしながら、なかなかそういう訳にはいきません。
かなり昔のことですが、ある大学の助教授だった大親友がクモ膜下出血で倒れました。中国の本の翻訳のため二晩ぐらい続けて徹夜をしてトイレで倒れたのです。都立病院に入院をしたのですが、意識不明の状態のまま自宅に引き取ってくれと言われ、その後私立病院に移りましたがそれからが大変でした。看護のために8時間三交代の家政婦さんを頼むことになり、5年目に帰らぬ人となりました。
その間のご主人やお身内の方たちの精神的経済的負担を目の当たりにして、こんなことをしていたら何かも壊れてしまうと思いました。これでは金の切れ目が命の切れ目になってしまいます。しかも体じゅう管だらけ、痛々しくて悲しくなります。これでは死ぬにも死に切れません。
この親友の死を見てから、私たち夫婦はなんとしても自然の死を迎えたいと強く思うようになりました。間もなく、日本ではまだあまり話題になっていなかった日本尊厳死協会を知り、夫婦で終身会員になりました。子ども達にもリビング・ウイルの趣旨を伝え、尊厳死が実行できるようによく話してあります。
日本人、特に女性は10数年長寿世界一を誇っています。それはそれでうれしいのですが、結局は最期の終わり方が大事です。人は必ず死にます。大切なのは死に方です。今までもたくさんの人たちに尊厳死の考え方を紹介してきましたが、これからも続けていきたいと思っています。
わが国でもようやく尊厳死の法制化の機運が出てきました。政界からは引退はしましたが、出来る範囲で支援していきたいと考えています。
協会に加入したことが生かされる最期を迎えたいと願い、それを信じて働き続ける夫婦でありたいと念じております。(前参議院議長)
下記より抜粋しました。
日本尊厳死協会関東甲信越支部発行会報 NO.10
リビング・ウイル関東甲信越 MAR,2008
投稿日:2009-10-26
私の入会のきっかけ 澤地 久枝(会員・東京)
「自然なこと」
生まれ出た瞬間から、いのちは「死」へ向かって確実に時をきざみはじめる。こう書くと、いかにも暗く惨めな姿が目に浮かびそうだが、そんなことはない。
「死」という事実は、動かしがたい事実として人生の果てにあるけれど、日々刻々、それを考えて生きている人は、ほとんどいない。人間とは、その点できわめて楽観的な存在なのだ。
生あれば死あり。生あれば病む日あり。これは鉄則のようなもので、誰もさからうことなどできはしない。
1981年、向田邦子さんが思わぬ事故死をとげたあと、わたしは公証人役場で正式の遺言書を作った。
一人のもの書きとして、死語の始末を明記した。まだ五十代へ入ったばかりだった。
少女時代のわたしは「独身主義者」であったのだが、自分で茫然とするような結婚をし、離婚もした。
子供はない。かっての願望通りに、一人暮らしの生活になった。
36年前に、同居していた母を喪って、まったくの一人暮らしが今日までつづいている。母は64年の人生を忽然として逝った。掌の生命線の長さを見ては、「お母さんは長生きする、いやだねえ」と口癖のように言っていたのだから、母自身、早い死の訪れにびっくりしたのではないだろうか。
まったくの一人暮らしをつづけて、寂しいと思う日は、まずない。わたしは選んでこういう生活にゆきついたのだ、という満足感のほうがつよい。
しかし、母の没年(父は51歳で死去)を超え、六十台の人生を生きている自分と向き合ったとき、不安が心にきざした。
どのように死んでゆくのか。きょうだいはいる。迷惑をかけずに去ってゆくことは不可能であろう。だが回復の見込みのない病床で、延命処置をつづけられることは絶対避けたいと思った。
友人の妹尾河童・茂子夫妻が尊厳死協会の会員になっておられると知ったのは、そのころだったと思う。
やってくる死を避ける道はないが、どのように死んでゆくか、「最低これだけは」という私の意志を通す道は開かれている。わたしは(きょうだいたちも)すぐに入会の手つづきをとった。
十分に悔いのない人生を生きてきて、最期に医師や家族が対応を苦慮する事態をあらかじめ封じる。延命処置のなされないまま、いのちの最期の時間を静かに迎えたい。まだ尊厳死協会の存在を知らず、不安を口にする「若くない」友人たちにわたしはこの選択を伝える。生の尊厳を大切に考えて生き、自分の人生のしめくくりは自分で決める。尊厳死する。この点でわたしには何も不安はない。(作家)
下記より抜粋しました。
日本尊厳死協会関東甲信越支部発行会報 NO.13
リビング・ウイル関東甲信越 JAN,2009
投稿日:2009-10-26
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